140503 北陸旅行 1日目 福井編

五月の連休は北陸を旅してました.今回はその記録など.

初日は福井スタート.

アルバム 140503-0505_北陸







連休の真ん中ぶち抜ければもっと本格的な長距離旅行を考えていたんですが,仕事が読めなかったのでカレンダー通りのお休み.後半くらいはどこか行こうということで行っていない北陸へ向かうことに.いつものごとく行きたい場所だけ軽く検索しておいて行程はその場で決める半無計画の車泊旅行です.
帰りの行程が近くなるように東へ攻めることにしてまずは福井へ.



夜中に中央道を抜けて東海環状から北上して朝には九頭竜ダムへと到着.朝早くて見るものも余り見られずに小休止な感じでしたが.植え込みのチューリップがちょうど咲いていたのが綺麗でした.



谷間を抜けて大野城へ.駐車場からずんずんと登る急階段.これがかなりの高低差をもっていて中腹まで行くだけでいい感じに息が切れる.


この亀山という小高い山(丘?)全体が公園と遊歩道として整備されているので園路からは登城道も曲輪もうかがい知れないのがちと残念.


一応掘りきり跡や曲輪の原型らしき物もあるんですが,どこまでが史跡でどこからが園地整備か分からない.


さすがに本丸に近づくと雰囲気は出てくるのでこの辺りは氏のままなんだと思う.


こういう石垣と橋を渡して回り込ませる工夫なんかはそれっぽいの.


天守は推定による復興天守.中は博物資料館です.


天守上層からは大野市内が一望できます.盆地にひしめく街並みと遠くの春霞.


帰りは反対側の遊歩道からぐるりと回り込んで.標高249mということでこのはっきりした高低差と平野ど真ん中の位置づけは典型的なお城らしいですね.



続いては勝山へ.勝山城へ行こうとしたけど城跡とナビが指していた場所に変なオブジェがあったのでスルーしてしまいました.いやアレはさすがにないわ~.

ということで福井と言えばな恐竜博物館へ.・・・・・・なんですが,10時そこそこなのに駐車場待ちに巻き込まれ案内されたのが臨時の臨時というような駐車場.アホみたいな広さの駐車場なのにいっぱいでどういうことかしらんと思いながら入口まで行ったら入場規制&入場列形成中.なにそれ.
スタッフの人に聞いたらGW初日だからだとか.去年より人が多いけどこれほどとは思ってなかった云々ということだったけど,この列に並ぶ気もしなかったし,隣の山で雨降ってたので早々に退却.車に乗った辺りで猛烈に降り出したので並んでたらひどい目に遭ってたはず.




とかく大野からの勝山寄り道は完敗.一時間から無駄にして一乗谷へ.
一乗谷は越前朝倉氏の本拠だった場所で狭い谷間に一大都市が形成されていました.


今は全域が史跡指定され一部が復元という形で見られます.


戦国期の市井の建物が珍しくてあちこち見て回っていました.いたる所に井戸の遺構があって生活感が感じられるのが面白かったですね.


道を渡って朝倉氏の城館跡へ向かいます.決して狭いとは思わないけどこれだけの谷間に3万人からの人が暮らしていたと言われても実感は湧かないですよね.ましてやいまの閑散とした田畑しかないような状況では特に.城を見てるとこういうことは多いけど時代の趨勢なんでしょうか不思議なものです.


朝倉氏の館跡は中世の城館の堀と土塁の構成.本城となる一乗谷城を背後の山頂に戴いているので平時の居館がこっちですね.



内部は広々.御殿の礎石跡が示してあるので当時がどれだけの建物が建てられていたのかが偲ばれます.庭園跡.小さな物とは言え背後の斜面をもって美しく作られていました.屋敷の縁側が池にまで張り出していたみたいで,さぞ素晴らしい空間だったんでしょうね.


庭園背後の斜面を登れば御殿跡を一望できるのでどれだけの規模だったかが一目瞭然.


大きな土塁と堀切を経て別の御殿跡へ.


所々に石垣がのこるあたりに当時の有力大名だった威勢が見て取れます.


御殿からすこし南にある上城戸へ.谷の上と下を閉じる大きな土塁です.この規模の土塁はなかなか無いので近くで見たかったけど道を間違えて川を渡れなかったので断念.


車で少し離れた資料館を見学してから福井市内へ.

向かったのは福井城跡.江戸時代に越前の中心となっている場所ですね.今は本丸と堀が残っていて,本丸のど真ん中に福井県庁が鎮座しています.


中央公園前の駐車スペースに車を停めて御廊下橋から本丸へ向かいます.


橋を渡ってすぐに虎口.背後の県庁がでかいなぁ.


本丸の中において,天守台の跡だけが公園整備されているんですが,これがなかなかの規模.天守台と言えば本当に天守が乗っかっている台座なんですが,天守台の外も天守曲輪として一段高くしてあるんですよね.


天守台と控天守台.
天下普請で天守は4層5階建というから立派な物を作ったんでしょうね.


控天守台は福井地震(1948年6月28日)によって崩壊したままを残してあるそうで.見事に沈下して埋もれてしまっていますね.恐ろしや.
それにしても控天守台ってなんなんでしょうね.福井城天守は連立式じゃないらしいような案内の書かれ方でしたけど,この距離に天守台だけ置いておいたなんてことあるのかしらん?


天守の建っていた位置から南を見る.天守台と言っても全域に天守が会ったわけではないみたい.不思議な構造.


県庁を回り込むように本丸全域を巡って県庁正面から堀の外へ.休みの日だから県庁に人がいないのは分かるけど,駅前方面にも人がほとんどいなくてなんか不思議な感じでした.



そこから間もない距離で丸岡城.重要文化財の現存天守でその中でも最古の天守とされています.といっても天守以外は維新後まもなく解体されているので本当に天守が残っているだけ.城郭めぐりをしている以上現存天守は見落とせないとはいえ,城郭めぐりだからこそ楽しみのないお城でもあるんですよね.


周りは全部公園化で城郭の名残も感じられない・・・・・・.高地になっていると言うくらいなのかな.


天守は望楼形のこぢんまりした可愛らしいもの.望楼形で下見板張りに高欄と押さえるところは押さえている古風な天守でしょう.雰囲気としては犬山城に近い物になると思います.
中は黒山の人だかり.現存天守特有の急勾配の狭い階段を大勢の人が登って下りて.よくある風景です.こういう所で一般の人の城に対しての会話を聞くのが楽しいし,係のおっちゃんと喰っちゃべるのもたのしいんですが,天守のキャパ超えてるんじゃないかという人の量であまり余裕がなかったのが残念.


屋根には石瓦を採用して寒さで割れないようにしているとか.


どこへ登っても街の風景ってあまり変わりが無いんですよね.古地図のように街道とか宿場町とか判じられた時代はとうの昔で,今は見渡す限りに広がる街並みを見るとどんだけ人が増えたのかが良く伝わってきます.

天守の後に資料館へ行ってみたけど割りと貧弱でなんだかなぁな感じで次の場所へ.今度は海岸線へと.




東尋坊です.
やっぱり名所ですね.いっぱいの人.


岩場を断崖まで行くと怖いですねやっぱり.岩がでかいんで危なげは無いんですが下がどこまであるのか見えないので下をのぞいて肝を冷やすことしばしば.


この日は風の強い日で遊覧船は欠航,というより波止場が見えないレベルの大波でした.油断してたら断崖の高さを飛び越えて波飛沫に晒されます.暖かくなってきたころだからこの風でもなんとかなったけど冬に来てたらほんとどうなってたかしらん.特に今年は.



東尋坊から北上コース.ほんとは小松へ飛んで自動車博物館と行きたかったんですが,どうも時間が許しそうにないので無理をせずにドライブ.


途中にあった砲台跡.さすがは越前.


しっかりとした作りで残っていて思わぬ拾いものでした.


小松を飛ばすことにして一気に金沢まで.夕陽に間に合いそうだったので金沢夜景と夕陽だ!と場所を絞って行ったんですが,高台への上り口が見つからなくてうろうろしている間に日没.
車からでもすごく綺麗な夕景だったのでほんと勿体ない勿体ない失敗でした.


仕方が無いので湯涌温泉へ.花咲くいろはの舞台だとか聞いていましたが,既に暗くなってしまっているのでそれがどうした状態.それでも見覚えのあるところが2,3あったので拾いもの.公衆浴場たる白鷺の湯でひと息ついてから休息へと入りました.


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