東北旅行4日目.
いよいよ本題の秋田めぐりです.
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アルバム 120908-0916_東北 |
曇りからどちらかというと雨の予報が出ていたので日の出はハナから諦めて
のんびり明け方に,それでも暗いうちに盛岡出発.
意外と近いんですよ.田沢湖.
車でたかだか50kmかからないですし,バイパス道一本ですし.
夜が白み明けた頃に駅到着.

う~ん,雰囲気無くもないけどなんか情報が足りない様な気もしなくもない.
思いの外,雲が少なく天気が良さそうな感じだったので渓谷探しに抱返り渓谷へ寄り道.
田沢湖駅から10kmちょっとだったかな.

行ってみたら本当に渓谷.
遊歩道がかなり高いところを通っていたので,舞台とは関係がなさそう.
それでも1kmほど遊歩道を歩いてきました.

水が青いの.
美瑛の青い池を思い出すくらいはっきりとした青でした.
奥へ行くごとにその渓谷の岩肌や自然の彩りが増してきて見物です.
これ紅葉になったらさぞ素晴らしい風景になるんでしょうね.

駐車場から1kmちょっと歩いたところにある回顧の滝.
段折れになって深緑に囲まれた岩肌を白く流れる様はとても美しい.
朝六時台ということもあって誰もいないなかしばし涼をとって駐車場へ引き返す.
この奥にも遊歩道が続いているんですが時間の都合で本題へ戻ります.

道を引き返しているうちに青空.完璧です.
意気揚々と田沢湖へ.
もちろんBGMは1/2summerサントラ.
木漏れ日のフレネル流れる中辰子像のある口から田沢湖入り.
まずは広域探索として田沢湖一周.
かねてよりチェックしていた御座石神社に加え,
白州の位置を確認し,もう一点気になる所を見つけられたので探索の意味あり.

ぐるっと一周して再び辰子像へ.
ホテルとお土産屋数軒のひっそりとした湖畔にたたずんでいます.

そして御座石神社へ.
辰子が飲んだという泉と祠.

そこから山へと300mほど入ると鏡石があります.
辰子が田沢湖の主となるなる前に鏡の様になった石で化粧をしたという石.
道から結構離れている上に葉が茂っているので分かりにくかったのが残念.

山を下りて湖畔へ.
大きく平べったい石がある事から御座石だそうで.

田沢湖の透明度は昔のものですが,それでも結構奥まで見えていました.

御座石神社.
辰子姫を祀る神社ですし,可能性は一番高いと思っていたんですが,はずれの模様.
お参りをして田沢湖の反対側へ.

遊覧船が出ている一帯は砂州になっていまして湖水浴場になっているらしいです.
スケールは合ってないので多少変えてあるんだと思いますが,
秋田で広い砂州がある湖ってここくらいだと思うのできっと合ってるはず.

岸の形に見合うものがなかったのですが,
湖でも時期によって水量変わって砂州の形変わったりするよね?
そしてもう一箇所.
田沢湖のうち唯一田んぼがある潟地区があるんですが,
ここを通るときに”潟分校”という小さな看板を見つけたのです.
分校=古い学校.これはもう行くしかないですよね.
湖畔の周遊道を集落へ1km入るか入らないか,林の影にひっそりとたたずんでいます.


赤屋根ではないけど二階建て.
規模は違えど窓の形も似ている.

左手にある正面玄関は平屋になっていて左手に体育館.
後ろは杉林.おいおい.
中もちゃんと解放されていて見学する事が出来ます.

廊下.

教室,

体育館.

この潟分校は明治15年に創立されて,明治20年に分教場となったそうで.
この校舎は昭和27年に生徒増加に伴い増築されたものだそうです.
分校は昭和49年に廃校となり集会所を経て今の様に保存公開されたとのこと.

山中にひっそりとたたずむ校舎.
まさにこれだと思うんですが,どうなのか気になる所です.
これにて田沢湖探索は終了.
ここから一路秋田を目指します.
田沢湖がこれだけ晴れているんだから秋田もきっと晴れているに違いない.
そう思っていた時期がありました.
山越えて向こうを見ると雲.そして霞んでいる.
途中からしっかり降り始め,しっとり雨の千秋公園へ.
雨だからと引っ込んでなどいられません.
傘さして千秋公園をまわります.
久保田城跡を公園化した千秋公園は久保田城本丸,二の丸,馬場の遺構が残っています.

二の丸広場から長坂を上がり御物頭御番所と表門.
御物頭御番所は久保田城内で唯一現存の建物.

表門は復元です.
久保田城は本丸が広くとられているわりに二の丸が小さい構造.
そして石垣のない土塁の城になっています.

本丸西側,北側に多聞長屋がありそこから御隅櫓へ繋がっています.

御隅櫓は2004年に鉄筋コンクリートの再建.
しかし,本来あったものは二層二階の櫓で,さらにもう一層展望層を追加しての三層四階にしたとか.
内部は資料展示になっています.

御隅櫓から馬場跡へ降りて庭園を二の丸へ横切る.
元の場所に戻り,佐竹史料館へ.
佐竹氏というと常陸国ですが,関ヶ原以後に
佐竹義宣が秋田に移封されて以来幕末まで佐竹氏の所領でした.
史料館には佐竹氏ゆかりの絵図や手紙,武具に馬印などが展示してありました.
解説共々興味深くて時間かけて見ていました.
出がしらに目的を達成してから車へ.
この時点で14時過ぎ.ちょっと厳しめながらも強行.
秋田から一気に男鹿半島へ.
距離はさほどでもないんですが,山の中へ入っていくので雨だとテンション落ち気味です.

まずは真山のなまはげ館へ.
男鹿半島の展示となまはげの文化風習や装束を見物して

隣の伝承館へ.
伝承って言うからお話だと思ってたらなまはげ実演でした.

迫力ありますね.子供なら泣くよ,絶対.
意外とって言ったら悪いのかもしれませんが,観光客だらけでした.
山奥なのにバスも数台は並んでいて,一般駐車場もおおかた埋まっているというのが何とも不思議でしたね.
なまはげ館のすぐ裏手に男鹿真山神社があります.
男鹿半島の中心とも言える神社.
探訪題材としては三湖伝説において,
八郎太郎が八郎潟を作ったものの冬に凍ってしまうため,冬に凍らない男鹿半島の一ノ目潟を住処としようとします.
元より住んでいた一ノ目潟の女神は対抗する力なく,女神は真山神社の神主武内弥五郎に頼ります.
弥五郎は弓の名手であり,八郎太郎の片目を射って八郎太郎を撃退したという伝承が残っています.
つまりはこちらも由縁のある神社なんですよね.

という事はもしかしてと思ったんですが,こちらも外れの模様.

社務所脇のこれにはおや?っと思ったものの雰囲気だけで建物も違うし鳥居も灯籠もありません.
真山神社を後にして今度は一つ目潟へ.
男鹿半島にはマール湖と呼ばれる爆裂火口が4つあり,一ノ目潟,二ノ目潟,三ノ目潟がそれにあたります.
四ノ目潟は海と繋がり戸賀湾となっています.
一の目潟と二ノ目潟の間に八望台と呼ばれる展望所があるのでひとまずそこへ.

八望台から見る日本海.
手前が二ノ目潟,奥が戸賀湾(四ノ目潟)です.

残念ながら件の一の目潟は地形の関係でほとんど見えません.

八望台は男鹿半島を見渡せる景観所で広い駐車場があり,
レストランや土産物屋もあるんですが,誰もいない.というか閉まってる.
なまはげ館にあれだけ人がいたのに大した距離じゃないここに人がいないのは不思議.
雨は小雨から霧雨になり雲は日本海上で切れている模様.
これはもしかして日の入りワンチャンあるのかもと思い入道埼へ.

車載カメラより.
この道なかなかよかったですよ.
海と岩肌と草原の中を快走出来ました.

そして入道埼灯台へ.
日の入りまであと30分ほど.いい日の入りが見られそう.
でもここまできたらあそこまで行きたいと思い急遽反転.男鹿半島の付け根へ.
しかしあと到着まであと3分というところで時間切れ.
急遽車を停めて撮影.

男鹿半島へ落ちる太陽.

背後には寒風山にかかる虹と真っ赤に染まる雲.

素晴らしい風景でした.
雨の日はこの逆転劇があるから希望を捨てられないんですよね.

日が沈んだら残り3分走って寒風山の回転展望台へ.
山なんですが木々がなく草原になっているので景観よく,展望も360度見渡し放題.
草原に曲がりくねった道路がはっきりと見えて実に美しい風景だと思いました.

薄暗くなって下に見える街々には灯が入ります.
このまま夜景まで待ってもいいかなと思ったんですが,
再びぱらぱらと降ってきたので秋田市内へと引き返しました.